TVドラマの時代、再見〜倉本聰と“深い感動”(1)

 ある夜更け、十数年振りに高校時代の友達から電話があった。
「不思議だな。こうやって話してると、まるで卒業してからの二十年が何処かにすっ飛んで消えたみたいだ。なあ、そう思わないか?」
 友達は少し酒に酔っているのか、不思議だな、と何度も繰り返した。
「22ルームの頃はさ──」と彼は言った。僕らの通った高校ではクラスをそう呼ぶ伝統があったのだ。一年二組は12ルーム、二年二組なら22ルームと。僕は、そんなことすら忘れていた。
 電話が切れてから、何気なく22ルームの友達の名前を出席番号順に口に出してみて驚いた。
「青木、渥美、安部、阿部、岩木、植田、加藤、金子、香山、河上、小山・・・」
 驚いたことに男子生徒21人の名前がスラスラと溢れ出てしまった。二十年間、思いだそうとしたことすらなかったのに、である。
 その翌日にたまたま観たのが倉本聰脚本、杉田成道演出によるフジテレビ系列のドラマスペシャル『町』だったから、これは少しマイッてしまった。要するに、正直に白状するとナミダが出て仕方なかったのですね。
 
 七〇年代──つまりは僕が高校生だった頃──それはまさにテレビドラマの時代であった。倉本聰の『6羽のかもめ』『前略おふくろ様』『たとえば愛』、山田太一では『それぞれの秋』『男たちの旅路』『岸辺のアルバム』。そして向田邦子の『冬の運動会』、ああ、こう書き出すだけで胸が詰まる。それだけじゃない、以上はVTRによるドラマだが、フィルム撮り(当時は“テレビ映画”と呼んでいた。今や死語だ)ならショーケン、水谷豊主演の『傷だらけの天使』、やはり萩原健一主演の『祭りばやしが聞こえる』ではまだ無名だった柳ジョージが主題歌を唄っていた(現在AV監督・男優として活躍する清水大敬*1氏が共演していた!)松田優作主演の『探偵物語』、中村雅俊主演の『俺たちの旅』、優作・雅俊共演の『俺達の勲章』なんてのもあった。そしてまだまだ元気の良かった頃の『太陽にほえろ』などなど──。
 
 先に挙げた倉本聰によるドラマスペシャル『町』の中で、西村雅彦演じるTVプロデューサーが杉浦直樹扮する盛りの過ぎた初老脚本家にこう語るシーンがある。
「中高年に向けたドラマなんて誰も観やしません。テレビドラマは若者と主婦層のためにあるんです。僕だって学生時代、あなたのドラマが放送される日は飛んで帰って観たものです」と。
 確かに我々もそうだった。朝、眠い眼で高校に向かう道すがら、何だってあんなにも熱っぽく昨夜観たTVドラマの話をしなければならなかったのだろう。結局の所、我々もTVドラマもまた若かったという事だろうか。それとも今の若いコ達もまた『ラブジェネレーション』や『成田離婚』のことを通学途中に夢中になって話すのだろうか?
 杉浦直樹演じる落ちぶれた初老の脚本家はそんな疑問に、このような独白で答える。
「彼はある時期から私と袂を分かち、若手の脚本家と組んんでニュー・ウェイヴと呼ばれるヒット作を次々と世に送り出した。そこには如何にも若者の欲する都会の情報がこれでもかと満載されていた。涙も笑いもふんだんにあったように思う。だから彼の作品は視聴率を稼ぎ多くのアイドルを生み出した。しかしその涙と笑いとは常に一過性のものではなかっただろうか? 少なくとも、深い感動とは無縁のようであった気がする──」と。

 演出の杉田成道はそこに躊躇なく『101回目のプロポーズ』を始めとするフジ制作ドラマのスチールを挟み込んでいく。老脚本家の言う“ニュー・ウェイヴ”が“トレンディ・ドラマ”の言い替えであることは間違いなく、プロデューサー役に西村雅彦(このワンシーンにしか出てこない!)をキャスティングしたことから見ても、彼が組んだ若い作家というのが三谷幸喜を始めとする世代の隠喩であることは間違いない。しかし“深い感動”とは何だろう? 少なくとも僕個人はここ数年やたら冗長になってゆく倉本+杉田による『北の国から』の単発スペシャルには乗り切れないで、いた。
 
 さて、ここまでは実は長いマクラである。七〇年代の倉本聰作品については来月もう少し深く突っ込んでみたい。しばしお付き合い願いたい。
 ところで先程「たまたま翌日に倉本作品『町』を観た」書いたが──実は嘘なのです(涙)。本当はビデオに撮っておいて放ったらかしにしてたものを件の友達の電話で思い出し、ヨーシ今夜はいっちょう泣いてやろうじゃないの、と似合いもしないバーボンのグラスなんぞを傾けながら観たのだ。幸い倉本聰山田太一クラスのシナリオはほとんどが単行本化され時を選ばず読むことが出来る。ビデオ化されているものも少なくない。つまり「昔は良かった」という言葉では誤魔化し切れない時代になったのだ。実は今こそ一過性の芸術であったTVドラマが評論分析される時である。21世紀は、そんな時代になるのが望ましいとはずだ。

(『URECCOミリオン出版刊、1997年月号不明。コラム「微熱で行こう!」より。)

*1:清水大敬氏は賀原夏子主宰の劇団NLT出身。黒澤明監督作『影武者』にも出演した。当時の芸名は清水のぼる。上記にリンクした『祭りばやしが聞こえる』でも、そのクレジットが確認出来る。