TVドラマの時代、再見〜倉本聰と“深い感動”(2)

「エート、ここにビールのジョッキがありますけど、コレを人生にたとえますとね。これ今たまたま底から三分目くらいしか残ってないけど、要するにこの飲み干しちゃった七分目くらいまでが青春なのね。で、コノ青春てやつはひどく辛いんですよ。ただこの人生残りが見えちゃったあたりで青春は終わってホッと楽になるわけ。僕の場合、最近やっと楽になれて、それで人生楽しく、こうやって映画を撮って暮らせるようになったト──」
 伊丹十三氏の言葉である。確か『タンポポ』か『マルサの女』制作時、TV番組におけるコメントだ。記憶に頼っているから正確ではないかもしれない。
 ただ、ここ十年ほど、僕はことあるごとにこの言葉を頭の中で繰り返してきた。
何故なら十代の頃、漠然とこの苦しみは二十代になれば終わるだろうと思っていたからである。そして二十代の頃はこう思っていた。まっ、三十過ぎれば何とかなるだろう、と。

「ムラカミハルキなんて作家の本が何で売れるんでしょうね?」
 ある日、作家志望だという若い編集者から、こう言われたことがある。春樹さんのファンである僕は突然のことに首をひねった。ついでに言葉も詰まった。
「どうし、て?」
「だって、小説の中であんなに簡単に人を殺していいモンですかね」
 口には出さなかったけど、果たしてそうだろうか? と僕は思った。
 人間なんてあっけなく突然、唐突に、そして簡単に死んでしまうものではないだろうか?
 
「しかしその涙と笑いとは常に一過性のものではなかっただろうか? 少なくとも、深い感動とは無縁のようであった気がする──」
 フジテレビ系列で年末に放送されたドラマ『町』の主人公・落ちぶれた初老の脚本家はそう言っている、と先月号で書いた。果たして倉本聰の言う──いや、あくまで登場人物が言ったのだが──深い感動とは何だろう?
 それはおそらく、唐突に突然、そして残酷に訪れる“死”である。
 考えてみれば倉本作品ほど、人が死ぬドラマもめずらしい。それは常にイキイキと躍動する主人公達を打ちのめし叩きのめす儀式のように容赦なく、そして残酷に訪れた。
 七〇年代、いやそれ以前から倉本ドラマは主人公の年齢がどうあれ、例えば主人公が子供であっても(『北の国から』)溌剌とした若者達であっても、(『ライスカレー』『昨日、悲別で』)青春が終わりかけた者達であっても(『前略おふくろ様』『たとえば、愛』)、すべて青春ドラマであった。そして、まるでそんな溌剌とした青春の埋め合わせをするように、多くの登場人物が実にあっけなく、簡単に死んでいった。『北の国から』では純と蛍の母親が死に、『ライスカレー』ではアキラの年老いた母がボケてライスカレーを食い続けて死に、BJは不慮の事故で死んだ。そして『前略おふくろ様』では、最終回を待たずして、おふくろ様が逝く。

“死は生の対極としてではなく、その一部として存在している”

 言うまでもなく『ノルウェイの森』の元になった村上春樹の短編『蛍』のワン・フレーズである。とはいえそうかと言って、前述の編集者が言うように作家は神の如く登場人物をあっけなく殺してしまって良いのだろうか、という問いもある。放送作家高田文夫の有名なセリフに「シリアスはいいよな新しいギャグ考えなくて済むから。殺しちゃえばいいんだもん(笑)新しい病気考えればいいんだもん」というのもある。しかし、何故この高田文夫のジョークをジョークとして笑えるのかというと、僕らが普段如何に死というものを現実から遠ざけて見て見ぬ振りをしているかという事にもなる。我々は恐ろしいから笑うのだ。僕達は実は無意識に、死が生の対極でなく、その一部である事を知っている。
 それにしても──縁起の悪い事を言うつもりはないが──倉本ドラマほど、まるで呪われたように“死”に取り憑かれた作品もめずらしいのではないか。例えば『6羽のかもめ』では加東大介が収録直後に癌で病死し、『前略おふくろ様』では、劇中のおふくろ様の死を待たずして母親役の田中絹代が死去。『北の国から』ではやはり劇中に不慮の事故で死ぬ笠松老人役の、大友柳太朗が投身自殺した。
 もちろん三十年以上の長きに渡ってTVドラマの第一線で書き続けているシナリオライターの作品なのだ。それにかかわった多くの役者が現在この世の人でないことはあたり前だ。しかしそれが“まるで呪われている”と邪推(あくまで僕の邪推に過ぎないが)してしまう程に、倉本ドラマは僕にとってリアルなのです。まるで唐突に、残酷にやって来る“死”のように──、
『たとえば、愛』の部長・中条静夫が亡くなり、『前略おふくろ様』の頭・加藤嘉が亡くなり、我らが利夫サン・川谷拓ボンまで死んでしまった。冒頭にも触れた伊丹十三は、『北の国から』純と蛍の母親の再婚相手という実に印象的な役を演じていたし、極めて個人的な事を言えば、四年前に亡くなった役者だった僕の父親は『前略おふくろ様』の第二部と『たとえば、愛』に出演していた。

(『URECCOミリオン出版刊、1997年月号不明。コラム「微熱で行こう!」より。)

【追記】そして2008年10月、倉本聰最後のTVドラマと言われる『風のガーデン』が放映される。これは中井貴一演じる麻酔医が末期の膵臓癌で死を迎える、その在宅看護と緩和医療を題材にした、まさに生と死の物語であったが、オンエアを直前に、中井の父親役・緒形拳が肝癌で急逝する。第一回冒頭には「この作品を故・緒形拳さんに捧げます」というテロップが挿入され、また最終回終了後も「緒形拳さん、ありがとうございました」というメッセージが流れた。

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